義肢装具学のための知識
バランスと動的安定について

北海道科学大学 保健医療学部 義肢装具学科(昆 恵介)

  バランスについて

 バランスが良い悪いという用語は,スポーツを含めさまざまな局面で登場する.運動学的な用語の定義をするとすれば,力学的な平衡状態が取れている状態がバランスが取れている状態である.バランス(Balance)という用語を辞書で訳すと平衡,均衡と訳される.スポーツ観戦をしているとしばしば,1対1の均衡が破れたという表現をアナウンサーがする.これはすなわちそれまで同点でバランスが取れていた得点が,加点されたことを意味する.義肢装具分野においてバランスが良い状態というのは,転倒しにくいことを意味する.最もバランスが良い状態というのは,4輪自動車のように支持基底面が広く,前後左右に安定しているものはバランスが良く転倒しにくい.よほどの高速で車を走らせ,急ハンドルとブレーキでもしない限りは転倒は考えられない.

しかし人間のように支持基底面の幅よりも身長のほうが高い場合には車のような高い安定性は得られない.ましてや人間は歩行という2足歩行を余儀なくされ,それはつまり片脚立ちの時期が交互に訪れる.当然,片脚立ちの時は,杖でもついていない限りは靴の裏のみが支持基底面であり,非常に不安定なことがよくわかる.人間はこのように不安定になりやすい環境で生活しているが,人間はこの不安定を脳が力学的平衡状態を保つように制御してたちまち安定させようとする.この場合にバランスの取りやすさは重心位置の高さに依存する.意外な事にバランスの取りやすさは重心位置の絶対的な距離が高いほど,元の平衡状態に戻しやすくバランスをとりやすい.

右図のようにボールペンと傘を指先で30秒間倒さずに維持させてみる.ボールペンのぼうは,5秒も耐えられないはずである.一方で傘のほうは転倒せずにバランスをとれることを実感できる.これは大人と幼児の重心位置の関係を改めて考えて欲しい.大人の方は絶対的な重心位置が高くバランスをとりやすいが幼児ではボールペンと同じく重心位置が低いため,転倒しやすい.幼児では相対的な重心位置が高いため力学的な安定性を得られないばかりか,バランスもとりにくいため,転倒してしまうのである.ちなみにバランスを保っているのは前述したように脳の働きによる.この脳の安定化制御は幼児と高齢者では,バランスを崩してから立て直すまでの反応時間が成人に比べて遅い2).小さな幼児や腰の曲がっている高齢者よりは重心の高い成人のほうがバランス良好なのである.ではなぜ重心位置が高いほうがバランスをとりやすいのか次節で考えてみる.

 

 

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