義肢装具学のための知識
身体重心の求め方について

北海道科学大学 保健医療学部 義肢装具学科(昆 恵介)

重心の定義


 義肢装具の力学を考える場合には重心は重要なファクターである.前述したように重心位置の変化によって,人間に安定やバランスをもたらすわけであるから,重心の定義を考えてみたい.アメフトやラグビーの選手が,敵をかわそうとする相手にタックルをするための方法として,相手のへそを見ながら相手を追い詰めていく.人間のへそはおよそ人間の重心位置にあたり,体全体からすると最も動かない場所である.つまり重心とはあらゆる方向から外力をかけても物体が回転しない点ということになる.

 右の図は上方からみた車の衝突を模式化した図である.左のように前方の車の重心位置の延長線上に衝突したときには,力が真っ直ぐ伝わり,直線的に自動車が進むはずである.一方で右図では右折しようとした車に後方から追突した場合を考えてみる.前方の車の重心位置の延長線上に後方の車が衝突しなかったため,前方車は時計回りにスピンすることが想像できるはずである.重心とは外力をかけたとき物体が回転しない点ということである。

 



重心位置の求め方(計算方法)

 筆者は義肢装具の力学において覚えておきたい必要な計算は四則演算でしかない重心の計算方法と後に登場するモーメントで十分であると考えている.この2項目さえしっかり理解していれば,残りの力学の定義や慣性などは複雑な計算はいらず,概念を理解するだけ十分である.そこでこの節では重心位置の具体的な計算方法について触れておきたい.   

)基本計算方法

 図のように,1kgの質量をもつ物体を1mの間隔で連結している場合(連結棒の質量は無視する)の重心位置は左右どちらかの物体中心から50cmの位置にあることは容易に想像できる.しかし,この図中では何やら意味不明の四則演算が並んでいるが,後々,図中に説明してある計算方法が物体の数が増えてきた場合には有効な計算方法であるので,この節ではこの方法を採用することにした.この計算方法のポイントはどこか適当なところに原点を定めることである.原点を定める???さっぱりわからないと思うが,左下図のように原点を定めることで(余談であるが,原点に示す0は“ゼロ”ではない,OriginOなのである)重心位置Gが容易に求まる.




2)人間の重心位置計算方法
 
もし人間の重心位置を簡単に計測したければ,体重計が一つあれば事足りる.
 まず被検者の身長
160cm50kgという情報が計測できたとする.次に右図のように体重計の上に板を乗せて,体重計Aから足底までの位置が10cmのところで被験者に寝てもらう(どこでも良い).このときの体重計W130kgになっていることから、単純化した模式図は下図のようになる。これは先ほど見た解答パターンに当てはまるではないか。 















テキスト ボックス: 重心位置G=(質量A×原点からの距離)+(質量B×原点からの距離)・・・/全合計の質量




 これで適当にとった原点からの重心位置が1.09mであることわかる。体重計Aから原点までの距離を10cmとしてあるから、実際には体重計Aからは98cmの位置にあることがわかる。さらに体重計Aから足底までが10cmであるから、結局この被験者は静止立位をとった場合,床面から88cmの高さに重心位置がある.
 次に被験者の身長が
160cmであることから,

 

 

身長に対して床から55%の高さに重心位置があることがわかるのである.体重計一つで重心の高さがわかってしまう. 

3)物体が3つあるような場合

 右図のように玉が3つある場合でも以下のように計算できる.この場合にはxy座標であらわす必要があるが,x方向,y方向をそれぞれ別々に計算することで求まる.計算の方法は前述したとおり.






 

 また,バック転をしている人間についても同様に重心位置を考えてみたい.

 人間をそれぞれ右足部,左足部,右下腿部,左下腿部,右大腿部,左大腿部,右上腕,左上腕,右前腕,左前腕,右手,左手,体幹,頭部というように14個の物体に分けて考える.それぞれの物体の質量と重心位置は異なるがおよそ,右図のような状態で重心位置が点在する.

 これを前述してきた計算方法に則り,計算すると身体の合成重心(COGCenter Of Gravity)が求まる.身体の合成重心は姿勢によって刻々と変化し,必ずしも重心位置が生体内部にあるとは限らない.右図のバック転の図は,右上図と似ていることを確認して欲しい.

  

 前へ   ⇔  次へ