義肢装具学のための知識
慣性と慣性モーメントの関係について
北海道科学大学 義肢装具学科(昆 恵介)
4-2-2.慣性と慣性モーメントの関係
大腿切断者が装着する義足では、義足の設定が不良であると、しばしば右図のような“蹴り上げの不同”と呼ばれる現象が起こる4)。これは膝継手の抵抗が弱いために起こる現象であるが、振り子運動における慣性そのものなのである。
振り子では下左図にあるように、ひもを持った手を動かしてみると、ひもに吊り下げた物体はその場に残ろうとする。まさに慣性の法則である。
大腿義足の場合には、健常者のように膝を伸ばすための筋肉がないために、膝継手(機械の膝)になんの抵抗もかけない場合には完全な振り子状態となり、義足足部は右下図のように取り残されることになる。義肢装具士は慣性に負けないように膝継手の抵抗を調整しなければならない。しかし抵抗がありすぎると、義足は振り子状態から解消されるが棒脚になってしまい、右下図のように、地面に脚を引っ掛けてしまう危険性がある。抵抗は“強すぎず”、“弱すぎず”なのである。
また膝継手の抵抗力を調整するにあたっては、もうひとつ前述した慣性モーメントの影響を考える必要がある。慣性モーメントは物体の回転のしにくさを表す指標である。下図のように回転中心から重心が遠いほど、慣性モーメントは大きくなり物体は回転しにくく、逆に重心位置が回転中心に近いほど、慣性モーメントが大きくなり回転しやすい。
これは大腿義足にも同じことがいえる。義足パーツの構成はソケット、膝継手、足部とあるが患者の使用環境やニーズに合わせて、パーツは変更される。当然多機能な足部であれば、重量があり義足全体の下方に重心位置がきてしまう。このような場合には慣性モーメントが大きくなってしまうので、膝継手の抵抗力を増して、蹴り上げの不同をなくしていくのである。
すなわち慣性モーメントが大きくなれば、動きにくくなった結果、物体の慣性は小さくなり、また慣性モーメントが小さくなれば、動きやすくなり速度が増した結果、慣性は大きくなる。慣性と慣性モーメントは両者が互いに影響しあっている。義肢装具士はこれらの影響を加味しながら、義足の調整を行っていくのである。